父が亡くなって、証券口座を引き継いだ。
中身は、自分では絶対に選ばなかったであろう銘柄たち。国内株式、投資信託、ブラジル・レアル建ての外国債券──。「これ、何だっけ」と思いながら、とりあえずそのまま持ち続けていた。
そこに、戦争が来た。
2026年2月28日、米国がイランを攻撃。ホルムズ海峡が封鎖され、原油は急騰し、日経平均は2週間で7,000円以上下落した。テレビをつければ「歴史的暴落」の文字。スマートフォンを開けば証券アプリの赤い数字。
自分で買った株なら、覚悟がある。リスクを理解して、自分の判断で買ったのだから。でも、相続で「受け取った」証券は違う。買った理由も知らない。なぜこの銘柄なのかもわからない。それなのに、毎日の値動きに振り回される。
──この記事は、そういう人のために書きました。
投資のプロに向けた記事ではありません。「親から受け継いだ証券口座を、どうすればいいかわからないまま持っている人」に向けて、今この状況で何を考え、何をすべきかを、できるだけ丁寧にお伝えします。
相続した証券口座を開いたら、知らない銘柄が並んでいた
相続で証券を受け取る。言葉にすると簡単ですが、実際の手続きは驚くほど煩雑です。
まず、被相続人(亡くなった方)の証券口座を特定する。残高証明書を取り寄せる。遺産分割協議書を作成して、相続人全員の署名と印鑑証明を集める。相続人名義の口座を開設して、移管手続きを行う。──ここまでで、早くても3〜6ヶ月。揉めれば1年以上かかることも珍しくありません。
ようやく手続きが終わって、自分名義の口座にログインする。そこに並んでいるのは、亡くなった人が、亡くなった人の判断で、亡くなった人の時代に選んだ銘柄です。
ある相続人の口座画面(イメージ)
「AFDB? BRL? ……何これ?」
AFDBはアフリカ開発銀行、BRLはブラジル・レアル。──そう説明されても、ピンと来ない。なぜ父がこれを買ったのか。いつ買ったのか。いくらで買ったのか。もう、聞ける人がいない。
これが、「相続した証券」の現実です。
1日で31万円が消えた日
2026年3月13日。
米軍のイラン攻撃が激化し、日経平均は1日で1,801円下落しました。WTI原油は一時110ドルまで急騰。市場全体がパニックに包まれた日です。
📉 ある相続口座の評価額推移
| 日付 | 評価金額 | 前回比 | 損益率 |
|---|---|---|---|
| 3月12日 | 18,927,219円 | ── | +136.23% |
| 3月13日 | 18,617,565円 | ▼ 309,654円 | +132.37% |
| 3月18日 | 18,829,539円 | ▲ 211,974円 | +135.01% |
※ 実在する相続口座のデータに基づく(プライバシー保護のため一部加工)
たった1日で約31万円が消えました。
31万円。中小企業なら従業員1人分の月給。個人なら1ヶ月の家賃と食費。それが、自分は何もしていないのに、遠い中東の戦争のせいで蒸発した。
──このとき、あなたならどうしますか?
「すぐ売ろう」と思うのが、自然な反応です。これ以上減る前に、現金に変えてしまいたい。損失を確定させたくない。その気持ちは、まったく正しい。
でも、もう一度表を見てください。5日後の3月18日、この口座は21万円回復しています。パニックの日に売っていたら、その回復分はもう戻ってこなかった。
相続証券には「2つの罠」がある
自分で選んだ投資にはないけれど、相続した証券には特有の危険が2つあります。どちらも、知っているだけで対処が変わるものです。
罠① 相続税は「死亡日の時価」で決まる
これが最大の落とし穴です。
上場株式の相続税評価額は、以下の4つのうち最も低い金額で計算されます。
📋 上場株式の相続税評価(4つの選択肢)
- 死亡日の終値
- 死亡した月の月平均株価
- 死亡した前月の月平均株価
- 死亡した前々月の月平均株価
→ この中で最も低い金額が採用される(相続人に有利)
一見、納税者に配慮した制度に見えます。でも、問題はその後です。
たとえば、お父さんが亡くなった時点で株価が1,000円だったとします。相続税は「1,000円 × 株数」で計算される。ところが、相続手続きが終わるまでに半年。その間に戦争が始まり、株価が500円に暴落した。
相続税は1,000円ベースのまま。でも、手元の株は500円の価値しかない。
存在しない利益に対して税金を払う。──これが、相続株の最大の理不尽です。
罠② 「売るべきか、持つべきか」の判断基準がない
自分で買った株なら、買った理由がある。「この会社の成長を信じている」「配当利回りが良い」「割安だから」。だから、暴落しても「理由が変わっていなければ持ち続ける」という判断ができる。
相続した株には、それがない。
父はなぜブラジル・レアル建ての債券を買ったのか。保険セクターの株を選んだ理由は何だったのか。もう聞けない以上、「持ち続ける理由」も「売る理由」も、自分の中にない。
だから、暴落した時にパニックになる。判断の軸がないから、恐怖だけが支配する。
戦争と相場──「今回」は何が違うのか
前回の記事(#04)で詳しく書きましたが、2026年の地政学リスクは過去の中東危機と決定的に異なります。ここでは、個人投資家の視点で改めて整理します。
過去の中東危機 vs 2026年
| 湾岸戦争(1991) | イラク戦争(2003) | 米イラン戦争(2026) | |
|---|---|---|---|
| 海峡封鎖 | なし | なし | あり(ホルムズ海峡) |
| 原油高ピーク | $41 | $37 | $110超(ブレント$113) |
| 株価回復 | 4ヶ月 | 2ヶ月 | 不透明 |
| AI自動売買 | なし | 初期段階 | 市場の70%以上 |
| 円安圧力 | 限定的 | 限定的 | 構造的(日米金利差+原油高+有事ドル買い) |
過去の中東危機では、「暴落→数ヶ月で回復」というパターンが繰り返されてきました。だから「遠くの戦争は買い」という格言が生まれた。
でも2026年は、海峡封鎖という過去にないカードが切られています。ホルムズ海峡は世界の原油輸送の約20%が通過する要衝。ここが止まると、代替ルートがない。さらに、AI自動売買が市場の7割を占める現代では、暴落のスピードも回復のスピードも、人間の判断が追いつかないレベルになっています。
個人投資家、とりわけ相続で証券を受け取った人にとって、これは非常に厳しい環境です。
あなたが間違っていたわけではない
ここで、ひとつだけ、はっきり言わせてください。
あなたが間違っていたわけではありません。
相続した証券をそのまま持ち続けていたこと。それは、間違いではなかった。「よくわからないから、とりあえずそのままにしておこう」──それは、実は投資の世界では最も賢い判断のひとつです。
なぜか。
冒頭で紹介した相続口座を見てください。取得金額(お父さんが買った時の価格)は約801万円。現在の評価額は約1,883万円。+135%。つまり、「何もしなかった」結果として、資産は2倍以上に育っていたのです。
もちろん、途中で戦争があり、1日で31万円が消える日もあった。でも、5日で21万円が戻った。パニックで売らなかったことが、結果的に正解だった。
これは偶然ではありません。金融庁のデータによれば、15年以上の長期積立投資では、過去のどの時期に始めても元本割れがゼロだったと報告されています。リーマンショック直前に始めた人でも、持ち続けた人は全員プラスになっている。
あなたのお父さんが選んだ銘柄は、あなたにとっては「よくわからないもの」かもしれない。でも、お父さんには買った理由があったはずです。そして、その判断は──少なくとも数字の上では──正しかった。
それでも不安な時に、やるべき3つのこと
「わかった、売らない方がいいのはわかった。でも、毎日値段が動くのを見ていると不安で仕方がない」。
その気持ちは、痛いほどわかります。自分で選んでいない分、「なぜこれを持っているのか」という根拠がないから、余計に不安になる。
だからこそ、以下の3つをやってみてください。全部、今日からできることです。
① まず、中身を「知る」
怖いのは「わからない」からです。
証券会社のサイトにログインして、保有銘柄の一覧を確認してください。そして、1銘柄ずつ検索してみてください。「この会社は何をしている会社なのか」「この投資信託は何に投資しているのか」「この債券の満期はいつか」。
たとえば「AFDB BRL建て外国債券」と言われてもピンと来ませんが、「アフリカ開発銀行が発行した、ブラジルの通貨建ての債券で、2030年7月に満期を迎える」と知れば、だいぶ景色が変わります。満期まで持てば額面通りの金額が返ってくる。途中の値動きに一喜一憂する必要はない。
知ることは、最強の精神安定剤です。
② 証券口座のアプリを、ホーム画面から外す
これは半分冗談で、半分本気です。
行動経済学の研究で、人間は「利益の喜び」よりも「損失の苦痛」を約2倍強く感じることがわかっています(プロスペクト理論)。つまり、10万円増えた喜びより、10万円減った苦しみの方がずっと大きい。
毎日アプリを開いて評価額を確認する行為は、苦痛を2倍に増幅する装置を自分で回しているようなものです。
長期保有と決めたなら、確認は月に1回で十分。どうしても気になるなら、「毎月1日だけ見る」とルールを決めてください。それだけで、心が楽になります。
③ 「相談できる人」を見つける
相続した証券の扱いは、投資の知識だけでは解決しません。相続税、所得税、譲渡所得の特例──絡み合う制度を一人で理解するのは無理があります。
💡 相談先の選び方
| 税金のこと | → 相続に強い税理士(「相続 税理士 地域名」で検索) |
| 売るか持つかの判断 | → 独立系のFP(ファイナンシャルプランナー)(証券会社所属ではない人) |
| 手続きのこと | → 証券会社の相続専用窓口(大手証券なら専門部署がある) |
※ 証券会社の営業担当に「売った方がいいですか?」と聞くのは避けましょう。彼らの仕事は売買を促すことです。
一人で抱え込まないこと。これが、相続証券と付き合う上で最も大切なことかもしれません。
「何もしない」という勇気
投資の世界には、こんな有名な話があります。
米国の大手資産運用会社フィデリティが、顧客の運用成績を調査したところ、最もパフォーマンスが良かったのは「口座の存在を忘れていた人」だったというのです。
笑い話のようですが、真実を突いています。
暴落のたびに売り、回復のたびに買い直す。そのたびに手数料と税金がかかり、タイミングを外すリスクを背負う。一方、「忘れていた人」は何もしなかった。結果として、市場の長期的な上昇をそのまま享受できた。
相続で証券を受け取ったあなたは、意図せずして「忘れていた人」と同じポジションにいます。自分では何もしていない。だからこそ、余計なことをしないという勇気が大切です。
もちろん、これは「永遠に放置しろ」という意味ではありません。中身を理解し、自分のリスク許容度と照らし合わせた上で、必要なら少しずつポートフォリオを調整していく。でもそれは、戦争のニュースを見てパニックになった日にやることではない。
嵐の中で舵を切ると、転覆する。嵐が過ぎてから、進路を修正すればいい。
2026年3月24日の「今」
この記事を書いている今日、2026年3月24日の状況を共有します。
📊 2026年3月24日 マーケット概況
⚡ 直近の動き
3月22日、トランプ大統領が「48時間以内にホルムズ海峡を開放しなければ発電所を攻撃する」と最後通牒。翌23日にパキスタンの仲介で5日間延期。週内の協議継続が見込まれるが、予断を許さない状況が続く。
日経平均は3月9日の暴落(一時4,100円超安、終値52,728円)から、少しずつ回復しています。でも、「回復した」と「安全になった」は違います。ホルムズ海峡の問題は未解決で、トランプ大統領の最後通牒は5日間延期されただけ。いつまた急落してもおかしくない。
だからこそ、今は「動かない」ことが大切です。
相続と向き合うことは、故人と向き合うこと
最後に、投資の話から少し離れます。
相続した証券口座を眺めていると、不思議な気持ちになることがあります。
この株を買った日、父は何を考えていたのだろう。ブラジル・レアル建ての債券を選んだ時、窓口でどんな説明を受けたのだろう。「これは利回りが良いですよ」と言われて、少し迷って、でも最後はハンコを押したのだろうか。
証券口座には、故人の「判断」が残っています。何にお金を使い、何に投資し、何を次の世代に残そうとしたか。それは遺言書には書かれていない、もうひとつの遺志です。
戦争で相場が荒れた時、「父ならどうしただろう」と考えてみてください。おそらく答えは──「まあ、放っておけ」。
少なくとも、何十年もこのポートフォリオを持ち続けた人は、暴落のたびに売り払ったりはしなかったはずです。リーマンショックも、東日本大震災も、コロナショックも──全部、乗り越えてきた。その結果が、あなたの口座に残っている+135%という数字です。
相続した証券と向き合うことは、故人の判断を引き継ぐことです。そして、いつか自分の番が来た時に、次の世代に何を残すかを考えることでもある。
今は嵐の中にいます。でも、嵐は必ず過ぎる。
その時まで、焦らず、慌てず、静かに持ち続けてください。
まとめ
この記事のポイント
① 相続証券には「2つの罠」がある
相続税は死亡時の時価で計算されるため、暴落後に売ると「存在しない利益」に課税される。また、買った理由を知らないため、判断の軸がない。
② パニック売りは最悪の選択肢
1日で31万円消えても、5日で21万円戻った。暴落時に売ると、回復の果実を永遠に失う。嵐の中で舵を切ると転覆する。
③ 今日からできる3つのこと
中身を知る。アプリをホーム画面から外す。相談できる人を見つける。──一人で抱え込まないこと。
📖 シリーズ「イラン情勢と相場」
⚠️ 免責事項
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の金融商品の売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任において行ってください。相続税に関する具体的な相談は、税理士等の専門家にご確認ください。
記事中の市場データは2026年3月24日時点の情報です。
本記事に含まれる相続口座のデータは、実在するデータに基づいていますが、プライバシー保護のため一部を加工しています。
作成: Seeds Brains(ジェイノーム業務支援AI)