前回の記事(#03)では、ドル円159円台という円安が中小企業を直撃する構造をお伝えしました。
「遠くの戦争は買い」。
投資を少しでもかじったことがある人なら、一度は聞いたことがあるはずです。証券会社の営業担当、投資系YouTuber、あるいは会社の先輩。「戦争が起きたら株は一時的に下がるけど、すぐ戻る。だから買い時だ」と。
2026年3月、その格言を信じた人たちが、2週間で7,400円分の日経平均が蒸発するのを見ました。
今回は、株式市場で「何が起きているのか」だけでなく、「なぜ、これまでの常識が通用しなくなったのか」を解き明かします。
59,332円から51,407円へ── 2週間で7,400円が消えた
まず、事実を並べます。
たった2週間で、日経平均は高値から約7,400円を失いました。率にして約12.5%。「調整局面」と呼ぶには暴力的すぎる数字です。
そして注目すべきは日経VI(恐怖指数)の66.6です。この数値が40を超えたのは、2007年以降でわずか5回しかありません。
リーマンショック、COVID、令和のブラックマンデー。今回のイラン危機は、市場参加者の「恐怖」という意味で、歴代級のイベントに並んでいます。
ヘッジファンド勢は、2025年のトランプ関税ショック(いわゆる「解放の日」)以来、最悪の損失を記録しました。
これが「調整」なのか「暴落の入り口」なのか。それを考えるために、あの格言を検証しましょう。
「遠くの戦争は買い」── この格言の正体
この格言には、実績があります。少なくとも、かつては。
85年間、40の主要な地政学イベントを統計的に分析すると、株式市場は初月に平均0.9%下落し、6ヶ月後には平均3.4%上昇しています。格言は、統計的には正しかった。
ただし──その統計が成り立つには、3つの前提条件がありました。
① 戦争が「遠い」こと──自国の供給網に直接影響しない地理的距離
② サプライチェーンが「短い」こと──国内で完結する経済構造
③ 情報が「遅い」こと──パニックが伝播する前に冷静な判断ができる時間的余裕
2026年。この3つの前提は、すべて崩壊しています。
なぜ2026年は「違う」のか── 3つの構造変化
構造変化①:「遠い戦争」は、もう存在しない
朝鮮戦争のとき、日本にとって戦争は「特需」でした。物資を供給する側であり、直接の被害を受ける側ではなかったからです。
2026年のイラン危機では、日本の原油輸入の90%以上が中東に依存しています。ホルムズ海峡の封鎖は、日本の「遠くの戦争」ではありません。エネルギー安全保障の直撃です。
日本の海運大手がホルムズ海峡の航行を停止しました。これは「リスク回避」ではなく、物理的に物が運べないことを意味します。
構造変化②:サプライチェーンのグローバル化
COVID-19で痛いほど学んだはずです。中国の工場が止まれば、日本の生産ラインが止まる。スエズ運河で船が詰まれば、ヨーロッパの棚が空になる。
2026年、WTI原油は危機前の約74ドルから一時119ドルへ。ブレント原油は126ドルに達しました。年初来の上昇率は約30%。第2回の記事で詳述した通り、この原油高は4つのルートであなたの会社のコストを直撃しています。
モルガン・スタンレーはこう警告しています──「本当のリスクは油田ではなく、海運の途絶だ」。そして、その帰結はスタグフレーション(景気停滞+インフレ)です。
構造変化③:アルゴリズムが恐怖を増幅する
1990年の湾岸戦争時、バグダッドの空爆映像がCNNで流れ、ニューヨークのトレーダーが画面を見て、電話で注文を出す。その間に数分から数十分。その「間」に、人間は考えることができました。
2026年3月9日。イラン革命防衛隊が「一滴の石油もホルムズを通さない」と声明を出した瞬間、AIアルゴリズムがヘッドラインの「Hormuz」「blockade」「oil」をミリ秒単位で解析し、人間が声明の全文を読み終わる前に、数千億円規模の売り注文を執行しました。
日経平均がその日、一時4,200円超の暴落を記録した背景には、この「機械の速度で増幅される恐怖」があります。
個人投資家が朝起きてスマホを開いたときには、もう暴落は終わっている。「冷静に買い向かう」という戦略は、人間の判断速度を前提とした時代の遺物です。
「有事の金」すら通じない
「株がダメなら金(ゴールド)を買えばいい」。これもまた、投資の教科書に必ず書いてある格言です。
3月6日、金価格は史上最高値の1オンス5,418ドルを記録しました。ここまでは教科書通りです。
問題は、その後に起きたことです。
1983年以来、最大の週間下落幅。
金が急落した理由は3つあります。ドル高による相対的な割高感、高値での利益確定売り、そして──これが本質ですが──追証(マージンコール)に追い詰められた投資家が、含み益のある金を売って現金を作ったこと。
つまり、こういうことです。
株が下がり、債券も下がり、金すらも下がる。逃げ場がない。
これは「相場が荒れている」という次元の話ではありません。「分散投資でリスクを抑える」という投資の大原則が、機能しなくなりつつあるという、もっと根深い問題です。
すべてが相関する世界では、「安全資産」は存在しない。それは理論上の仮定ではなく、2026年3月に現実に起きたことです。
勝ち組と負け組── セクター地図が書き換わった
ただし、すべてが下がったわけではありません。危機の中で、セクター間の明暗は劇的に分かれました。
エネルギーの「上流」にいる企業は、原油高そのものが利益になります。防衛産業は地政学リスクが高まるほど受注が増える。一方、エネルギーを「消費する側」の企業は、原油高をモロに被ります。
この構図は、あなたが経営する会社にも当てはまります。自社が「上流」なのか「下流」なのか。その位置取りが、同じ危機のなかでも明暗を分けるのです。
新NISA世代の試練── 相場格言を信じた人に起きたこと
2024年1月に始まった新NISA。「貯蓄から投資へ」のかけ声のもと、多くの人が初めて株式投資を始めました。
YouTube、SNS、投資コミュニティ。「長期・分散・積立」の三原則を学び、全世界株やS&P500のインデックスファンドを買い、配当の再投資を設定した。正しい手順を、まじめに踏んだ人たちです。
そして2026年3月──その人たちの多くが、人生で初めての本格的な暴落に直面しています。
特に深刻なのが信用取引です。信用買い残高は過去最高水準にあり、これが市場の「見えない重力」として機能しています。株価が下がれば追証(追加証拠金)が発生し、追証を払えなければ強制決済。強制決済がさらなる売りを呼び、株価がさらに下がる。売りが売りを呼ぶ、底なしの連鎖です。
しかし、ここで言いたいのは「信用取引は危険だ」という教科書的な話ではありません。
「遠くの戦争は買い」を信じて買い増した方。含み損の数字が気になって、仕事中もスマホで株価を見てしまう方。
あなたが間違っていたわけではありません。
その格言は、数十年にわたって実際に機能していました。85年間の統計データがそれを裏付けていた。教科書にも書いてあった。問題は、格言が前提としていた世界の構造そのものが変わったことです。あなたの判断が間違っていたのではなく、地図のほうが古かったのです。
暴落の最中に最もやってはいけないのは、パニックで全部売ることと、パニックで全力買いすること。どちらも、恐怖や焦りという「感情」に支配された行動です。
大切なのは、「自分が間違えた」と自分を責めることでもなく、「次こそ当ててやる」と力むことでもなく、「ルールが変わった世界で、自分はどう構えるか」を冷静に考えることです。
それでも市場は生きている── 3つのシナリオ
市場は、あらゆる戦争を生き延びてきました。第二次世界大戦も、オイルショックも、リーマンショックも。
だから「いつかは戻る」──それは、長期的にはおそらく正しい。問題は「いつ」と「どこまで下がるか」です。
主要アナリストの見方を整理します。
正直に言えば、どのシナリオが実現するかは、誰にもわかりません。プロのアナリストの間でも、見方はこれだけ割れています。
モルガン・スタンレーはスタグフレーションを警告し、三井住友DSアセットマネジメントは年末61,500円の見通しを維持している。同じデータを見ているプロ同士が、真逆の結論を出しています。
だからこそ伝えたいのは──予測に賭けるのではなく、どのシナリオになっても生き残れる「構え」を取ることです。
経営者として── 株式市場の混乱から何を読み取るか
「うちは上場してないから、株価は関係ない」──もし心のどこかでそう思ったなら、もう一歩だけ考えてみてください。
株式市場は、世界中の投資家が「半年後の経済」に賭ける場所です。つまり、株価の急落は「半年後に景気が悪くなる」と多くの人が考え始めたサインです。
これは、あなたの会社の経営判断に直結します。
受注見通しの再点検 ── 取引先が上場企業なら、その株価を見てください。大幅に下がっていれば、数ヶ月後に発注が減る可能性があります。早めに代替の受注先を探し始めるのは「弱気」ではなく「経営」です。
資金繰りの厚め確保 ── 不透明な時期は、手元資金を厚くしておくことが最優先です。借りられるうちに借りておく。融資の相談は、困ってからでは遅い。
値決めの再考 ── 円安+原油高+株安が同時進行するとき、仕入れコストは確実に上がります。#02の記事で試算した通り、この波を吸収できる利益率がありますか? なければ、今のうちに価格交渉を始めてください。
市場の混乱は、対岸の火事ではありません。それは、あなたの会社の半年後を映す鏡です。
まとめ
2026年3月の株式市場が突きつけているのは、「古い地図はもう使えない」という事実です。
① 「遠くの戦争は買い」は過去の話──グローバル化した世界では、すべての戦争が「近い」。日経平均は2週間で12.5%下落した。
② 安全資産の神話が崩壊──株・債券・金がすべて同時に下落する「トリプル・セルオフ」。逃げ場のない相場は、過去の常識では対処できない。
③ 予測ではなく「構え」が生存を分ける──アナリストですら見方が真っ二つに割れている。大切なのは、どのシナリオでも致命傷を負わないポジショニング。
市場はこれまで、あらゆる危機を乗り越えてきました。それは事実です。しかし、その過程で退場を余儀なくされた人たちがいたことも、忘れてはいけません。
生き延びた者だけが、回復の果実を手にします。
個人投資家が地政学リスクと向き合う方法
データ出典:
Bloomberg、日本経済新聞、JPX(日本取引所グループ)、Morgan Stanley、三井住友DSアセットマネジメント、週刊ダイヤモンド、Euronews、World Gold Council
※数値は2026年3月19日時点。株価・商品価格は日々変動します。本記事は情報提供を目的としたものであり、特定の投資行動を推奨するものではありません。
作成: Seeds Brains(ジェイノーム業務支援AI)