円安が止まらない ── 為替と中小企業の攻防

イラン情勢と相場 シリーズ #03

円安が止まらない
── 為替と中小企業の攻防
ドル円159円。原油高が「円安」を呼び、円安がさらにコストを押し上げる悪循環。

前回の記事で、原油100ドルが中小企業のコストをどう押し上げるかを「4つのルート」で可視化しました。

そのルート④──「原油高→ドル需要増→円安→全輸入品値上げ」

実は、これが今いちばん怖い。

なぜか。原油だけなら、節約できる。電気代なら、LED化や契約見直しで多少は抑えられる。でも円安は、すべての輸入品に同時にかかる「見えない関税」です。原材料も、機械部品も、クラウドサービスの月額料金も──ドル建ての支払いは全部、自動的に高くなる。

しかも今回の円安は、戦争が終わっても簡単には戻らない構造を持っています。

今日は、ドル円159円の「中身」を分解します。

ドル円159円── いま何が起きているのか

2026年3月18日時点で、ドル円は159.44円。年初来高値の159.74円(3月14日)に再接近しています。

2025年末
¥153
年初の水準
2月28日(攻撃当日)
¥155
戦争で円売り加速
3月18日(現在)
¥159
160円の壁に接近

わずか3週間で4円の円安。たった4円? ──いいえ。売上1億円の会社が年間2,000万円分の輸入をしていたら、この4円で約52万円のコスト増です。何もしていないのに。

なぜ円安が止まらないのか── 3つのエンジン

今回の円安には、3つのエンジンが同時に回っています。しかも厄介なことに、どれか1つが止まっても他の2つが回り続ける構造です。

エンジン① 原油高→ドル需要増(戦争要因)
原油はドル建てで取引されます。原油価格が上がると、日本は同じ量の原油を買うのにより多くのドルが必要になる。日本のエネルギー輸入額は年間約20兆円。原油が$72→$99に上がれば、単純計算で年間7.5兆円の追加ドル需要が生まれます。この巨大な「円売り・ドル買い」が為替を押し下げます。

エンジン② 日米金利差(構造要因)
日本の政策金利は0.75%。アメリカは3.5〜3.75%。約3%ポイントの差があります。あなたが銀行なら、0.75%の円で預けるより3.5%のドルで運用したいですよね? 世界中の投資家が同じことを考えて、円を売ってドルを買っている。これが戦争に関係なく存在する「円安の地盤沈下」です。

エンジン③ 有事のドル買い(心理要因)
戦争が始まると、投資家は「安全な通貨」に逃げます。かつては円も「安全通貨」でしたが、2026年の今、日本は世界最大の対外純資産国でありながら、エネルギー自給率が13%しかない原油輸入大国。中東の戦争は日本経済に直撃するため、有事の避難先はドルに移りました。Bloombergも「Dollar soars as Iran war escalates」と報じています。

つまり、今回の円安は「戦争だけが原因」ではありません。戦争が、もともと進んでいた構造的円安にガソリンを注いだ。だから止まらない。

1円の円安で、あなたの会社はいくら損するか

円安の怖さは、原油のように「ウチは関係ない」と言えないことです。あなたの会社が直接輸入していなくても、仕入先が輸入していれば、その分は回り回ってあなたに来ます。

業種 年間輸入関連支出 1円の円安で 10円の円安で 影響の出方
製造業(従業員30人) 3,000万円 +20万円 +200万円 部品・素材の仕入れ値上昇
飲食業(5店舗) 1,500万円 +10万円 +100万円 食材(小麦・肉・油)値上げ
アパレル(年商1億) 5,000万円 +33万円 +330万円 中国・ベトナムからの仕入
IT企業(20人) 800万円 +5万円 +53万円 AWS・Azure・SaaS月額
建設業(年商3億) 8,000万円 +53万円 +530万円 鉄鋼・木材・設備機器

2025年末の153円から現在の159円まで、6円の円安。上の表の「1円」を6倍にしてみてください。製造業なら120万円、建設業なら318万円が、すでに「蒸発」しています。

気づいていますか?── 5つの「見えない円安コスト」

直接輸入していなくても、円安はこんなところに効いています。

1
クラウドサービスの値上げ
AWS、Microsoft 365、Google Workspace、Slack──すべてドル建て。2024年11月にはMicrosoft 365が一斉値上げ。円安が続けば次の値上げは確実。月額1万円のSaaSを10個使っていたら、年間で数万円の「静かな増税」。
2
段ボール・包装資材の値上げ
段ボールの原料パルプは輸入依存。EC事業者にとって、段ボール代は「送料」と並ぶ隠れたコスト。1箱あたり5〜10円の値上げでも、月1万箱出荷すれば年間60〜120万円。
3
社員の生活コスト上昇→賃上げ圧力
円安は食品・日用品の値上げに直結。社員の実質賃金が目減りすれば、「給料上げてください」は当然の声。中小企業庁の調査では、中小企業の54.8%が「円安はデメリット大」と回答。最大の理由は「コスト増を価格転嫁できない」。
4
海外出張・研修のコスト爆増
ドル円150円台では、アメリカ出張1週間の宿泊費だけで15万円超。展示会の出展費用もドル建て。「今年は見送りで…」が積み重なると、海外との接点がどんどん減る。
5
設備投資の先送り
工作機械、業務用厨房設備、医療機器──輸入部品を含む設備は軒並み値上がり。「今は高いから来年にしよう」が、生産性向上の機会を奪う。みずほリサーチの分析では、円安は中小企業の2024年度利益を1.3%押し下げた。

160円の攻防── 政府・日銀は動くのか

市場の視線は、「160円」に集中しています。

ドル円の防衛ライン(市場予想)
150円
155円
160円
介入警戒ライン
口先介入
財務大臣が「過度な変動は好ましくない」と発言。市場を牽制するが、実弾は撃たない。←今ここ
レートチェック
日銀が銀行にレートを問い合わせる。「いつでも撃てるぞ」というシグナル。
実弾介入
外貨準備を使ってドル売り・円買い。2024年4〜5月に約9.8兆円投入した実績あり。

しかし、日経新聞は「160円目前も介入警戒高まらず」と報じています。なぜか。

今回の円安は、投機的な「急激な変動」ではなく、原油高というファンダメンタルズに基づく「じわじわ型」だから。為替介入は「過度な変動」に対して行うものであり、実需に基づく動きには介入しにくい。

中小企業の社長が知っておくべきこと

政府が介入しても、円安の根本原因(日米金利差+原油高)が解消しない限り、効果は一時的です。2024年の介入でも、円は一時5円ほど戻しましたが、1ヶ月で元の水準に戻りました。介入は「時間稼ぎ」であって「解決策」ではありません。

「耐える」から「活かす」へ── 中小企業の円安サバイバル術

円安を嘆いても為替は変わりません。今日からできる具体策を5つ。

① ドル建て支出を棚卸しする
クラウドサービス、ソフトウェアライセンス、海外仕入れ──ドル建ての支払いをすべてリスト化。「いくらが為替に連動しているか」を把握するだけで、次の一手が見えます。
② 仕入先と「為替連動条項」を交渉する
「次の値上げ通知が来てから慌てる」のではなく、先に交渉。「円安が○円を超えたら協議する」という条項を入れておけば、急な値上げを防げます。逆に円高に振れた時の値下げ交渉もしやすくなります。
③ 国内調達への切り替えを検討する
すべてではなくても、為替リスクの高い品目だけ国内代替を探す。円安が続くなら、「国産のほうが安い」が成立する品目は増えていきます。
④ 価格転嫁のタイミングを逃さない
「値上げしたら客が離れる」──気持ちはわかります。でも、原材料の値上がりは業界全体の話。競合も同じ状況です。中小企業庁の調査では、値上げを実施した企業の7割以上が「売上への悪影響はなかった、または軽微だった」と回答しています。
⑤ 「円安メリット」を見つける
訪日観光客は円安で増えています。飲食・小売・宿泊業は、インバウンド需要を取りに行くチャンス。また、海外に販路がある製造業は、円建ての競争力が上がっています。円安は「全員が損する」わけではない──それを確認するのも、社長の仕事です。

この円安、いつまで続くのか

正直に言います。すぐには終わりません。

機関 2026年末予想 前提条件
三井住友DS AM 150円 米利下げ進行でドル安方向
大和AM 146円 日米実質金利差の縮小
マネックス証券 130〜165円 レンジ予想(幅広い不確実性)
朝倉慶氏 170円 円安×インフレ加速シナリオ

楽観的に見れば年末に150円前後。悲観的に見れば170円。

どちらにしても、「来月には140円台に戻る」という期待は持たないほうがいい。少なくとも半年〜1年は150円以上の円安環境が続くと想定して、経営を組み立てるべきです。

珍現象「ドル安でも円安」

みずほ銀行の唐鎌大輔氏は、「ドル安と円安が同時進行する」という異例の事態を指摘しています。通常、ドルが弱くなれば円は強くなる。しかし2026年は、ドルも売られ、円も売られ、行き場を失ったマネーはユーロやスイスフランに向かっている。つまり、円は「世界で最も弱い通貨のひとつ」になりつつあるのかもしれません。

まとめ

円安は「為替トレーダーの話」ではありません。あなたの会社の利益を、毎日じわじわ削り取っている「見えない税金」です。

① 3つのエンジンが同時に回っている──原油高、日米金利差、有事のドル買い。1つ止まっても他が回る。

② 為替介入は「時間稼ぎ」であって「解決策」ではない──根本原因が変わらない限り、円安は続く。

③ 嘆くより先に、ドル建て支出の棚卸しと価格転嫁を──今日できることから始めれば、半年後の景色が変わる。

次回・第4回は「『遠くの戦争は買い』が通じない時代」をお届けします。イラン情勢が日本の株式市場に何をもたらしているのか──日経平均、TOPIX、そして個別銘柄の動きを、中小企業の社長の視点で読み解きます。

データ出典:

Bloomberg、日本経済新聞、中小企業庁、みずほリサーチ&テクノロジーズ、三井住友DSアセットマネジメント、大和アセットマネジメント、日本総合研究所、時事通信

※為替レートは2026年3月18日時点。各社予想は2026年3月時点で公表されたもの。業種別試算は一般的なモデルケースであり、個々の企業の状況により異なります。

作成: Seeds Brains(ジェイノーム業務支援AI)