先日、ちょっとした実験をしました。
AIに「この案件の見積もりを出して」と頼んでみたんです。
返ってきたのは、要件定義書、DB定義、画面一覧24本、工数表、体制図──。完璧なフォーマットで、しかも10分で。人間がチームを組んでやったら、1ヶ月はかかる作業です。
「これはすごい。もう見積もり作業いらないじゃん」
──と思ったのが、大間違いでした。
今回は、実際にAIとやりとりしながら見積もりを作った記録をそのままお見せします。何が起きたのか、なぜ「利益が消える」のか。Web制作会社の現場からお伝えします。
実験:AIに「架空の超大型案件」の見積もりを頼んでみた
せっかくなので、ふつうの案件じゃつまらない。
こんな案件を設定しました。
はい、完全にふざけてます。京都の小さなWeb制作会社が防衛省の案件を受けるわけがない。
でも、これがポイントなんです。AIは「受けられるかどうか」を考えません。聞かれたら答える。それがAIです。
AIとの実際のやりとり
まず、AIに案件概要を伝えました。すると──
1. 予算感 ── クライアント(防衛省)から「だいたいいくらくらい?」って聞かれてる?
2. 納期 ── いつまで?
3. 体制 ── うち何人で受ける想定?
……おい。
2は国防省には次年度で予算化したいって言われてるけど、国際情勢もあるし選挙のこともあるから再来年度中だろうねえ。
3:そこは聞いたらやばいとこだろぉ。。日本電産NIDEC永守さんも言ってたじゃないかぁ。。
ここで最初の問題が浮かび上がりました。
AIは「聞いちゃいけないこと」を聞く
予算感を先に聞く=自分たちの利益の天井を先に決めてしまう。体制を聞く=「何人でやるか」は経営判断であって、見積もりの前提ではない。永守重信氏が「仕事の量に合わせて人を決めろ。人に合わせて仕事を決めるな」と言っていたのと同じ話です。
……はい、その通りです。
日本電産(現ニデック)の永守重信氏が創業間もない頃、アメリカの大手企業との提携交渉で「御社の工場を見学したい」と言われて冷や汗をかいた──という有名なエピソード。社員数人のプレハブ小屋を見られたら、一発で交渉決裂です。
「体制何人ですか?」なんて聞かれたら終わる。それが小さな会社のリアルです。AIにはその恐怖がわからない。
AIが10分で出してきた「完璧な見積もり」
ツッコミを入れた後、AIは反省して要件定義から作り直しました。
出てきたものがこれです。
要件定義:6つの機能要件
……ここまで、10分です。
DB定義:6テーブル
AIはさらに、DBのテーブル定義まで出してきました。脅威情報テーブル、脅威アクターテーブル、インシデントテーブル、ユーザーテーブル(隊員番号・階級・虹彩認証ハッシュ付き)、ブロックチェーン連携のアクセスログ、NATO情報交換テーブル。
カラム定義にはSTIX識別子、MITRE ATT&CK ID、Traffic Light Protocol──。専門用語の使い方は完璧です。
画面一覧:24画面
ログイン(3段階認証)からメインダッシュボード、脅威マップ、SOCダッシュボード、Five Eyes情報共有画面まで。各画面に必要なクリアランスレベルまで設定されています。
そして、工数と金額
要件定義12人月、基本設計15人月、詳細設計18人月、開発100人月、テスト20人月──。
リスクバッファ15%もちゃんと積んでいます。セキュアクラウド基盤、ブロックチェーン基盤、NATO接続回線の費用まで。
一見、完璧な見積書です。
この見積もりの、何が間違っているのか
ここからが本題です。
AIの見積もりには6つの致命的な問題がありました。
AIはPM200万/月、セキュリティアーキテクト250万/月と出しました。「相場」としては正しい。でも、うちは社員10人の会社です。この単価で受注できる体制がそもそもない。AIは「誰が受けるか」を考えずに、業界の平均単価を並べただけです。
6.3億円の案件。実際の構造はこうです:
└─ 2次請: ○立製作所(BE開発)
└─ 3次請: ジェイノーム(FE 2名)
6.3億のうち、うちに降りてくるのはフロントエンド2名×6ヶ月=1,680万円。中間マージンを引かれて、実際の取り分は840万円。AIの見積もり総額の1.3%です。
AIは15%のリスクバッファ(7,608万円)を計上しました。立派です。でも、このバッファは元請のポケットに入るもの。下請けに「バッファ」はありません。仕様変更が来たら、同じ金額で追加対応するだけです。
AIに「なぜバックエンド開発が40人月なのか」と聞いたら、答えられません。「このくらいの規模感だとこのくらい」というパターンマッチングで数字を出しているだけ。過去に同じようなシステムを作った経験も、失敗した経験もない。人間のベテランPMが「40人月」と言うのと、AIが「40人月」と言うのでは、その数字の重みがまったく違う。
セキュリティクリアランスLv.5の案件です。開発者全員の身元調査が必要。これは数ヶ月かかり、費用も発生します。AIの見積もりにはこのコストが1円も入っていません。「知らないコスト」は計上できない──これがAI見積もりの本質的な限界です。
防衛省の調達は一般競争入札か随意契約。技術評価と価格評価の配点、過去の実績要件、セキュリティ基準への適合証明──。AIは「いくらで作れるか」は答えられても、「どうやって受注するか」は答えられません。見積書を作っても、その見積書を誰にどう出すかがわからない。
じゃあ、AIの見積もりは使えないのか?
そうは言いません。
大事なのは、AIに何をさせて、何をさせないかの線引きです。
- 要件のたたき台を作る
- 機能一覧の抜け漏れチェック
- 類似案件の相場感の参考値
- 見積書のフォーマット整形
- 専門用語の正確な使い方
- 最終的な金額の決定
- 利益率の設計
- 受注戦略(誰に、どう売るか)
- リスクの本質的な評価
- 「やるか、やらないか」の判断
AIが出した見積もりは「下書き」です。下書きとしては最高に優秀。10分で要件定義からDB定義まで出てくるんですから。
でも、下書きをそのまま提出したら利益が消えます。なぜなら、AIは「いくらで作れるか」は計算できても、「いくらで売るべきか」は計算できないから。
「いくらで商売するか」である。
AI見積もりの「正しい使い方」
私たちの会社では、今こうしています。
案件概要を伝えて、機能一覧・画面一覧・工数の初期案を出させる。ここでは精度を求めない。「何を作るか」の全体像を掴むため。
AIは機能を「盛る」傾向がある。お客さんが本当に必要としている機能はどれか。予算に収まる範囲はどこか。ここは経験と判断力の仕事。
AIの工数に「×1.5〜2.0」をかける。これは「何かあったときのバッファ」ではなく、「実際にやってみたらこのくらいかかる」という経験則。そして利益率を乗せる。ここだけは絶対にAIに任せない。
人間が決めた数字で、見積書のフォーマットを整えさせる。ここはAIの得意分野。きれいな表、丁寧な但し書き、専門用語の正確な使用──仕上げはAIに任せる。
つまり、AIは「最初」と「最後」を担当し、「真ん中」は人間がやる。
この「真ん中」をAIに任せた瞬間、利益が消えます。
まとめ
AIは10分で「完璧な」見積書を作ってくれます。
DB定義も、画面一覧も、工数表も。体制図まで描いてくれます。でも、その見積書には「商売人の判断」が入っていません。
- この案件は受けるべきか、断るべきか
- この客にはいくらで出すべきか
- この工数で本当に終わるのか
- トラブったとき誰が責任を取るのか
これらの判断は、過去に失敗した経験、この業界で生きてきた時間、あのお客さんの性格──そういうものから生まれます。
AIを使って見積もり作業を「速く」するのは賛成です。でも、AIが出した数字をそのまま使って見積もりを「楽に」しようとすると──
利益が、消えます。
AIは最高の下書き職人。でも、値付けは社長の仕事です。
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作成: Seeds Brains(ジェイノーム業務支援AI)